1954年(昭和29年)
ビック・トピックス
- 外貨危機から金融引き締め、緊縮財政へ
- 造船疑獄が発生し、法相が指揮権を発動して幹事長の逮捕を阻止
- 紡績は自主操短、織物・タオルには中小企業安定法の適用へ
- 公取が百貨店の派遣店員制に警告
- 「ローマの休日」「麗しのサブリナ」でシネモードが流行
生活・文化
- 銭以下の小額通貨廃止
- 東映が2本立興業を開始(「真田十勇士」「雪之丞変化」「笛吹童子」などがヒットし、中村錦之助(萬屋錦之助)、東千代之介がデビュー、一躍スターの座を獲得する)
- 皇居参賀で大混乱(参賀者38万人。二重橋で混乱が発生し、死者16人、重軽傷者69人)
- 地下鉄丸の内線開業(池袋−御茶ノ水間、戦後初の地下鉄新線)
- 東京地方に積雪31.5cmの大雪
- 東京・狸穴のソ連代表部を出たラストヴォロフ二等書記官が米軍専用バスに乗ったまま行方不明に(8月に米国で記者会見)
- 東京都が騒音防止条例を制定
- マリリン・モンローとジョー・ディマジオが新婚旅行の途中に日本訪問
- 東京−サンフランシスコ間に日本航空の国際線再開
- シャープ兄弟VS力道山・木村組のプロレス・タッグマッチ(日本初のプロレス国際試合。街頭テレビは黒山の人だかり)
- 第五福竜丸がビキニ環礁での水爆実験の「死の灰」によって被曝(乗組員23人全員が急性放射能症を発症、マグロなどはすべて廃棄処分。鮮魚敬遠の空気が全国に広がる)
- 関門国道トンネルが貫通
- 吉田首相の圧力とNHK幹部の自主規制で「ユーモア劇場」の「冗談音楽」「風刺コント」が中止に
- 国連家族連盟名誉会長のサンガー夫人来日(日本家族計画連盟が結成され,家族計画運動が活発化)
- 第1回全日本自動車ショーを東京・日比谷公園で開催(1964年から東京モーターショーに改称)
- ベビーブームで小学校の新入生が前年より 100万人も増加
- 放射能を含んだ雨が全国的に降り、不安が野菜や水にまで広がる
- 学校給食法公布
- 近江絹糸労組がスト突入(人権スト。3か月後、組合が全面勝利)
- 名古屋テレビ塔完成(高さ180m。東京タワー完成までは日本一)
- 国立東京第一病院が初の人間ドックを開設(料金は6日間で1万2000円)
- 原水爆禁止署名運動全国協議会結成(安井郁事務局長。5.9結成の杉並協議会が発端)
- 日本中央競馬会設立
- 第五福竜丸の久保山愛吉無線長没(40歳)
- 台風15号(洞爺丸台風)が大隅半島→日本海→北海道と辿り、全国に被害(死者・行方不明者1698人、全半壊家屋3万167戸
- 台風15号で青函連絡船洞爺丸遭難(生存者177人、死者・行方不明者1155人で、タイタニック号に次ぐ世界海難史上2番目の惨事)
- 富士山大沢雪渓で登山訓練中の日大・慶大・東大の学生ら39人が雪崩で集団遭難、死者15人
- 主婦連が東京・世田谷区で10円牛乳(市販は15円)を発売(以後,都内に広がる)
- 戦争で中断していた救世軍の社会鍋が名古屋で復活
- 東京・芝にゴルフ練習場が登場
- 電気洗濯機・冷蔵庫・掃除機が「三種の神器」に(翌1955年からテレビが掃除機に入れ替わる)
- 海外で日本映画が受賞ブーム(カンヌ映画祭グランプリ「地獄変」、ベニス映画祭銀獅子賞「七人の侍」「山椒太夫」が銀獅子賞、チェコ・カルロビバリ映画祭平和賞「原爆の子」、同特別賞「蟹工船」)
- マンボ・ブーム
- 新宿にうたごえ喫茶登場
- 岡山労音誕生を皮切りに全国各地に労音誕生相次ぐ
- ヒロポン全国に蔓延
- 映画「ローマの休日」「麗しのサブリナ」人気
- ゴジラ誕生
- ミルク飲み人形発売
- 流行語:ロマンスグレー
- ドルのヤミ値450円
- マイケル・ドゥベイキーが人工血管手術に成功
- 新商品=トランジスタ・ラジオ、渦巻き式電気洗濯機、アリナミン、缶ジュース「明治オレンジジュース」、スプリング式折り畳み傘「アイデアル」
流行語
台風手形、リベート、五せる接待(食わせる、飲ませる、握らせる、抱かせる、威張らせる)、スポンサー、指揮権発動、死の灰,ビキニマグロ,水爆マグロ,放射能雨、シャネルの5番、ロマンスグレー、流言飛語、アプレゲールの犯罪/アプレの犯罪
物価
ビール103円→120円、たばこ「ピース」40円→45円
ファッション
- ファッションショーが流行(秋には東京都内だけで230、全国では600のショーが催されたとの説もある)
- NDC分裂、日本デザイン文化協会(NDK)発足。NDC、NDKの両者がファッションショーを競う
- 文化服装学院モデル養成科卒業生で、すみれモデルグループ(SMG)発足
- 長沢節、「長沢節スタイル画教室」(セツ・モードセミナーの前身)開設
- カラー:スモークカラー、赤と黒の配色
- 映画「ローマの休日」「麗しのサブリナ」でシネモードが流行(ネッカチーフ、ヘップパーン・カット/テーパー・カット/イタリアンボーイ・カット、サブリナ・パンツ/トレアドル・パンツ、サブリナ・シューズ)
- フレンチスリーブ増える
- ナイロン・デシン開発(ブラウス、スカーフで人気)
- ベンベルグ・トリコットのスリップ発売
- スポーティブルック進出
- マンボズボン流行
- ダスターコート人気、ナイロン・レインコート流行
- クリンプ・ナイロン開発(セーター、ソックスで人気)
- ウーリーナイロンの柄ソックス進出
- マンボ・タイ発売、変形ネクタイ全盛
- スプリング式折りたたみみ傘「アイデアル」発売(植木等のCMで人気)
- ジャック・ファット、春夏にSライン発表(直後急死)
- ディオール、秋冬にHライン発表、その他のデザイナーもライン発表に乗り出す
- シャネル、15年間の沈黙を破って活動開始。シャネルスーツ流行
Fジャーナリズム
「男の服飾」(「メンズクラブ」の前身)創刊、「大阪繊維速報」創刊
ファッション小売業
- 公取委、「百貨店における不公正な取引方法」として派遣店員制度を告示
- 東京都百貨店対策小売商連盟結成
- 銀座百店会創立(壱番館洋服店の渡邊實の尽力が大きかった)
- ローン販売普及
- [伊勢丹]子供既製服の実演販売会開く(子供既製服時代始まる)
- [大丸]東京八重洲口に東京店開店(日本橋地区の既存百貨店が取引卸企業に大丸への納入阻止をはかったとして話題になった。初日に20万人が来店)。*日本初のパートタイマー制を導入。*ディオール・サロン開設
- [松屋]毎週木曜日定休開始
- [丸物]戦災で焼失していた「九州百貨店」を傘下に入れて「八幡丸物」として開業
- [岡政百貨店(長崎)]戦後第1期改築(鉄筋コンクリート6階建て、一部9階建て)で、当時の長崎市内では最高の建造物になる
- [コナカ]個人営業の湖中久次が神戸百貨(株)を設立、職域への洋服の月賦訪問販売事業を始める
- [新宿ストアー]区画整理で立ち退いた新宿の露天商らが靖国通りの伊勢丹裏で「新宿ストアー」を開業
- [鈴屋]鈴木義雄が継承し、婦人洋品店に転換
- [三峰]新宿に1号店(総本店)オープン
アパレル産業
- 1ドルブラウスの米国向け輸出急増、米国で対日輸入規制運動強まる
- 東京洋莫会(ニット外衣卸商のグループ)、東洋連に加盟
- メンズ・カジュアルウエア企業3社が「紳装会」を設立
- 足利トリコット産地の下着生産活発化
- ナイロンFFストッキング国内生産365万足、輸入中古品の再生品2600万足
- 厚木編織(アツギの前身)がウーリーナイロン肌着の販売開始
- 石津商店(ヴァン・ヂャケットの前身)が「VAN」ブランドスタート。*石津謙介が評論活動を開始
- 現金卸商の大西衣料(セルフ大西の前身)が初の衣料セルフサービス方式を採用、「セルフ」マークを制定
- 樫山(オンワード樫山の前身)が背広のイージーオーダー始める
- 桃田有造がコロネット商会を設立(資本金100万円)、高級輸入紳士服地を主に扱う
- 昭和ドレスがIWSを通じて、ロンドン11か国既製服展示会に出品
- デサントがスキーウエアに進出
- 貝原織布(カイハラの前身)が液中絞自動藍染機を自社開発(特許)
- 片倉工業が片倉ハドソン靴下を設立(1962年に片倉ハドソン㈱と社名変更)し、「キャロン」ブランドのストッキングを製造・販売
- 郡是製絲(グンゼの前身)がミシン糸事業開始(津山工場)
- 芦森工業が衣料用インサイドベルトの製造を開始
繊維・テキスタイル産業
- 綿糸生産、綿布輸出、レーヨンS生産、スフ織物輸出などで世界一に
- 各織物産地が市況不振のため一斉休業に入る
- 繊維消費税反対全国大会を東京で開催
- 十大紡が11月から15%の操短実施を決定。新々紡、十大紡の自主操短に同調決定
- 韓国が日本化繊製品の輸入禁止
- レーヨンS(スフ)8社が自主操短
- ナイロン生産高が月産100ポンド超える
- 旧三菱商事の清算会社であった光和実業が三菱商事の商号に復帰し、不二商事、東京貿易、東西交易の3社を合併して、新・三菱商事がスタート(「三菱商事の大合同」と呼ばれている)
- 住江織物が米国からタフティングカーペット機を日本で初めて導入
- 近江絹絲紡績(オーミケンシの前身)長浜工場で「人権争議」(近江絹糸争議)が発生(あまりに古い労務管理が表面化し、世論は組合を支持。106日に及ぶストライキの末、組合側が全面勝利)
- 鐘淵化学がアクリル系繊維月産3トンの設備完成
- 東洋レがポリエステル繊維試験設備完成
- 日レがスイス・インベンタ社とナイロンの生産技術援助契約に調印
繊維・ファッション行政
- 政府が繊維消費税新設を決定
- タオル業に初の第29条命令発動(これ以降、命令は他の業種へ拡大していく)
- 輸出取引法を改正して、輸出入取引法施行
- 内閣に輸出会議(通称:輸出振興最高会議)設置
- 通産省が綿スフ、絹、人絹織物に中小企業安定法適用を決定
- 通産省がレーヨンF6社に価格抑制勧告
- レーヨン6社が増設計画を通産省に提出
- 総理府資源調査会が首相に「アセテート繊維工業の育成」を勧告
- 通産省が石油化学育成の基本方針決定
- 通産省が繊維不況対策基本方針を発表(自主操短、チエックプライス制、買上機関の適宜発動)
- 通産省が「繊維総合対策審議会」設置
- 中小企業安定法と織機設備制限および未登録設備制限規則公布施行
政治・経済・社会
- 外貨危機から金融引き締め、緊縮財政へ
- 米アイゼンハワー大統領が一般教書で沖縄基地の無期限保有を言明
- 憲法擁護国民連合結成(片山哲議長)
- 世界初の原子力船、米潜水艦ノーチラス号が進水
- 国際収支悪化から輸入抑制、輸出振興策を本格的に打ち出す
- 衆院が自由党有田二郎議員逮捕を許諾(「造船疑獄」。造船業界に対する低利融資とその利子補給のための法律成立を目指した業界側の政界工作)
- 大阪財界の肝いりで海外市場調査会が国際見本市協議会・日本貿易斡旋所協議会と統合し、(財)海外貿易振興会(JETROの前身)発足。本部は大阪
- 日米相互防衛援助協定(MSA)調印(相互防衛援助,米国農産物購入,経済措置,投資保証の4協定から成っている)
- 第1回国際見本市、大阪で開催
- エジプトでナセル政権樹立
- 犬養健法相が指揮権発動(検察庁の佐藤栄作自民党幹事長逮捕許諾請求を阻止。造船疑獄事件。法相は翌日辞任)
- ホーチミン軍がベトナム北西部のディエンビエンフーを占領(仏軍の敗北が決定的となる)
- 地方交付税法公布
- 政治中立に関する教育2法公布
- フランスが南ベトナムの独立を承認
- 国会に警官隊200人を導入し、反発した野党が欠席のまま警察法改正案可決(国家地方警察と自治体警察を都道府県警察に一体化、中央集権化を強める改正)
- 防衛庁設置法・自衛隊法公布(防衛庁は総理府の外局として設置)
- MSA協定に伴う防衛秘密保護法公布
- ソ連、初の工業用原子力発電所始動
- 周恩来・ネルー会談で「平和5原則」声明
- 陸海空の自衛隊発足
- 日銀、金融引き締め強化(金利引き上げ)
- ジュネーブ会議終了、インドシナ休戦協定調印(第一次インドシナ戦争終わる。仏軍撤退、ベトナム独立・統一のための2年以内の総選挙実施を決める)(ベトナムは南北に分断される)
- アメリカで原子力法改正法が成立(原子力の平和利用に関する知識の友好国への提供,私企業による原子力発電所の建設などを規定)
- 東南アジア条約機構(SEATO)創設
- 鳩山一郎・重光葵らが6者会談、反吉田新党結成で意見一致
- 中華人民共和国憲法を採択(毛沢東主席、周恩来首相)
- 政府・財界有志が共産圏との貿易促進のため、国際貿易促進協会を結成
- 経済同友会が保守合同を要望
- 米欧など西側9カ国の外相が「パリ協定」を締結(西独の主催回復・ 再軍備・ NATO加盟承認など)
- 日中・日ソ国交回復国民会議結成
- 中国紅十字会代表来日
- アルジェリア独立戦争始まる
- ビルマ(現・ミャンマー)との平和条約、賠償及び経済協力協定を調印
- 自由党憲法調査会(岸信介会長)が日本国憲法改正案要綱を発表
- 全国農業協同組合中央会設立
- 自由党が岸信介・石橋湛山を除名
- 両派社会党が「両社共同政権の新政策大綱」を発表
- 日本民主党結成(鳩山一郎総裁。自由党鳩山派・岸派、改進党、日本自由党が合流)
- 吉田内閣総辞職
- 自由党新総裁に緒方竹虎を決定
- 第1次鳩山一郎内閣成立(外相に重光葵)
- 外貨危機から金融引き締め、緊縮財政へ
- 内閣に輸出会議(通称:輸出振興最高会議)設置
- 政府・財界有志が共産圏との貿易促進のため、国際貿易促進協会結成
- 朝鮮動乱特需が日本経済を救う(50〜54年の累計16億2000万ドル)
- 経済白書の副題「地固めの時」
- (1月をピークに景気下降、11月が谷になる)